本格的に寒くなり始める晩秋の頃から、よく見かけるトンボがいます。
場所は、室内。ストーブ用の薪と一緒に、いつの間に室内に忍びこみ、部屋が温まると、フラフラ~と飛び立って、隅っこでまたジッとしています。
トンボといえば、幼虫(ヤゴ)や卵で越冬するものと思っていた私。
ほとんど停止しているか、力なく飛ぶ、枯れ枝のようなこのトンボを初めて見たときは、てっきりこのまま息絶えていくものだと思っていました。
越冬するトンボ「オツネントンボ」
調べてみると、アオイトトンボの仲間である「オツネントンボ」。
(越年蜻蛉 / 学名:Sympecma paedisca / 英名:Siberian Winter Damselfly)
日本では、北海道から九州北部の平地から山地にかけて、抽水植物が生育する明るい池沼、湿原、水田などの環境に生息しています。
オツネンとは、“越年”と書くことから分かるように、成虫で越冬するトンボです。約200種いる日本のトンボの中でも、成虫で越冬するのは珍しく、このオツネントンボ含め、3種のみといわれています。
オツネントンボは、冬の間、枯葉の下や樹皮のくぼみに隠れたり、建物の隙間に入り込んだりして、目立たない場所で息をひそめて過ごしています。
ただでさえ、か細い体形のこのトンボ。冬は休眠状態で動きが鈍く、弱々しい。
寒さ厳しい冬を本当に乗り越えられるのかな?なぜ、あえて成虫の姿で冬を過ごすの?次々と疑問がわいてきます。
オツネントンボの越冬時の生存率
オツネントンボの越冬時の生存率については、年によって変動するものと考えられていますが、R. MANGER、N.J. DINGEMANSE両氏の研究※によると、月あたりの生存率は69~80%、平均で約75%。これはこれまで記録されたトンボ類の中でも高いとされています(2004年12月~2005年3月調査)。
ただ、ひと冬通しての生存率は約42%(0.75×0.75×0.75)と推定され、特別高いとは言えないようです。
それでも、オツネントンボのこの姿から想像すると、個人的には高い印象を受けます。
成虫で越冬する狙い
トンボの多くは、温度変化が少ない水中で「幼虫(ヤゴ)」として冬越しをします。また、いわゆる“赤とんぼ”といわれるアカネ属のトンボは、乾燥に強い「卵」が冬越しスタイルです。
一方、成虫での越冬。一見、冬の厳しい気候変化を受けやすく、ダメージが大きそうですが、やはりメリットもあるようです。春がやってきたら、ほかのライバルたちがまだ卵や幼虫のうちに、餌や縄張りを独り占めすることができるという点です。
オスもメスも淡い褐色で地味な色をしているのは、枯れ枝や土に同化し、少しでも安全に冬を乗り切るためといえます。
生き物に学ぶ生き残り戦略
生き物を観察していると、形や色、動きなど、様々な生態的な特徴を見つけることができます。そこには必ず意味があって、その虫や草花にとっての巧みな生き残り戦略であったりします。
オツネントンボを見ていると、ほかの多くのトンボがやらない成虫での越冬の技を身に着け、生き残ろうとした、その健気さに心が打たれます。
価値観の変化やライフスタイルの多様化など、急速に変容している今の社会において、どうやって生き残るか。人がやらないことをやる、身に着ける。そんな生き残り戦略を、改めて生き物を通して学ばされます。
2021年。いよいよ暮れも押し詰まってまいりました。
新しい年も、自分たちにしかできないことを探しながら、頑張っていきたいと思います。
オツネントンボ。冬に見られるイトトンボということで、実は、英名で「winter damsel=冬の乙女(貴婦人)」なんていう素敵な名前がつけられています。
姿は地味だけど、ぜひ気にしてみてください。
※R. Manger & N.J. Dingemanse (2009): Adult survival of Sympecma paedisca (Brauer) during hibernation (Zygoptera: Lestidae) Odonatologica, 38(1): 55-59.
Written by 倉方