あべ弘士さんから動物園人コラム連載リレーを受けついだ成島です。この連載では、私が動物園人として考えていることを4回に分けてお話ししようと思います。とりとめのない話になるかもしれませんが、どうぞお付き合いください。
第1話:人と動物の関係を見直す
1-1 固い友情を結んだヤギとオオカミ
あべさんがイラストを描かれ、文章をきむらゆういちさんが書かれた作品に「あらしのよるに」があります。小学校の国語教科書に登場するので、ご存じの方も多いことでしょう。物語の内容を簡単に紹介します。
あらしのよるに山小屋に避難したヤギのメイとオオカミのカブですが、暗闇で目は効かず、共に風邪をひいていることから鼻も効きません。このため相手の正体がわからないまま意気投合します。翌日、再会した2頭は太陽の光の下、お互いが食う食われるの敵同士の関係にあることを知りますが、固い友情を結びます。
1-2 この物語が日本で生まれた背景
ヤギとオオカミが仲良くなるなんて常識外れも甚だしい設定です。
この物語が日本で生まれたことに、オオカミを許容する日本の文化的背景が大きくかかわっていると思います。日本人は農耕民族で、オオカミは農作物を荒らすイノシシやシカを退治してくれる益獣として古くから祀られてきました。武蔵御嶽山神社をはじめ、オオカミを祀る神社はたくさんあります。一方、牧畜が盛んだったヨーロッパではオオカミに家畜が食べられる被害が多く、オオカミは悪者として扱われてきました。
1-3 ヨーロッパでの変化
17世紀末にフランスで出版されたペロー童話集の「赤ずきんちゃん」では、オオカミが赤ずきんちゃんのおばあさんを食べてしまう悪者として描かれています。19世紀初めにイギリスで出版された「三匹の子豚」に登場するオオカミも例外ではありません。一匹目と二匹目の子ブタが作った粗末な家はオオカミの鼻息で吹き飛ばされてしまいますが、三匹目の子ブタがつくった頑丈なレンガ造りの家は吹き飛ばすことができず、反対に捕まってしまいます。興味深いのは捕まった後のオオカミの行く末です。初期に出版された物語では子ブタにつかまったオオカミは殺されてしまいますが、近年は命からがら山に逃げ帰り、命は助かる内容に変わっています。
1-4 ロシア音楽に登場するオオカミ
ロシアの作曲家プロコフィエフが1936年に発表した「ピーターとオオカミ」にもオオカミが登場します。小学校の音楽授業でお聴きになった方もいらっしゃることでしょう。この作品でもオオカミは悪者ですが、ピーターに捕まったオオカミは動物園に送られます。20世紀中ごろになると、オオカミは殺されずに動物園で暮らすことになるのです。「ピーターとオオカミ」から当時の人々が動物園をどのように捉えていたか考えるヒントが得られますね。
1-5 皆さんはどうお考えですか?
現代のオオカミと人の関係はどうでしょうか。アメリカではオオカミの再導入が始まっています。日本やヨーロッパでもオオカミを自然に放せという意見が聞かれます。たくさんの野生動物が私たち人間の活動で数を減らしているなかで、私たちはオオカミをはじめとする野生動物との関係を見直す時期にいます。人も生態系を構成する一員として健康な地球を支える存在になるために、動物園の果たすべき役割は大きいと考えます。
寄稿者profile
成島悦雄(なるしま えつお 1949年 -)
略歴
獣医師・東京都井の頭自然文化園の元園長。栃木県栃木市出身。
1972年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年、東京都庁に就職し上野動物園飼育課配属。以後、多摩動物公園、上野動物園の動物病院獣医師、多摩動物公園飼育展示課長等を経て2010年~2015年、井の頭自然文化園園長。2014年~2020年日本獣医生命科学大学客員教授、2016年~2022年、日本動物園水族館協会専務理事、現在、日本動物園水族館協会顧問。2013年からNHKラジオ子ども科学電話相談の動物部門回答者を務めている。
著書
・「動物園のかん者たち」(農文協)」
・「珍獣図鑑 」(ハッピーオウル社)
編著
・「大人のための動物園ガイド」(養賢堂)
・「動物園学入門」(朝倉書店)など