成島悦雄さんコラム「こうしたい、これからの動物園」第3話『動物園の入園料を考える』

第3回 : 動物園の入園料を考える

3-1 動物園人としての幸運なスタート

1972年4月、私は東京都に就職して上野動物園に配属され、動物園人としてのスタートを切りました。この年の10月、日本と中国との国交回復を記念して日本に初めてジャイアントパンダがやってきました。私は仕事として思いがけずジャイアントパンダと接する機会を得ることになりましたが、とても幸運だったと思います。

モスクワ動物園

3-2 各国でも人気のジャイアントパンダ

その後、海外の動物園で複数回にわたりジャイアントパンダを見る機会に恵まれました。訪れた順に動物園名を挙げると、チャペルテペック動物園(メキシコ)、ロンドン動物園(イギリス)、サンディエゴ動物園(アメリカ)、陝西省珍奇動物救護飼養研究センター(中国)、シェンブルン動物園(オーストリア)、ベルリン動物園(ドイツ)、モスクワ動物園(ロシア)、台北市動物園(台湾)、ワンダーリバー(シンガポール)、チェンマイ動物園(タイ)、国立動物園(マレーシア)、タマンサファリ・ボゴール(インドネシア)の12園(12か国)です。

どこの国でもジャイアントパンダは高い人気を誇っていましたが、特にアジアの動物園での人気が高かった印象を受けています。

クアラルンプル国立動物園

3-3 各国動物園の入園料を調べてみた

ここ数年、毎年のように東南アジアの動物園でジャイアントパンダと出会うことができましたが、これらの動物園の入園料はそれほど安くはないという印象を受けています。実際のところ、どうなのでしょうか。現在、ジャイアントパンダを飼育している動物園9か国9施設の入園料を調べてみました。

各施設のホームページに掲載されていた大人の入園料をまとめたものが下記の【表1】です。

【表1】動物園9か国9施設の入園料

台北市動物園を除くと、すべて上野動物園より高い入園料になっています。日本より物価が安い東南アジアの動物園の入園料も例外ではありません。マレーシアとインドネシアの動物園では、外国人入園料が更に高く設定されています。

3-4 日本の動物園の入園料が安い理由

日本の動物園の入園料についても調べてみました。情報源は(公社)日本動物園水族館協会(JAZA)発行の令和4年度日本動物園水族館年報です。【図1】をご覧ください。このグラフはJAZAに加盟している90の動物園の大人の入園料を金額帯別にグラフで表したものです。

全体を眺めると、入園料は無料から4,000円台までの幅がありますが、無料、400~600円台、1,000~2,000円台の施設が多く、全体の3/4を占めています。90施設の平均は約850円、このうち公立施設71園の平均は約400円、私立施設19園の平均は約2,470円です。

【図1】日本の動物園の入園料

日本の動物園、特に公立動物園の入園料が安いことがわかりましたが、佐渡友陽一さんはその理由として1960年代に登場した革新系首長の影響をあげています。

1964年に横浜市の飛鳥田市長は野毛山動物園を無料とし、1968年に東京都の美濃部知事は上野動物園と多摩動物公園の入園料を75歳以上無料とし、その後、小学生と65歳以上を無料としています。このことが日本全国に広がり、日本の動物園は子どもと高齢者が無料で、大人も安くてあたりまえとなりました。この結果、公立施設では不足分を税金で補填することになったのです。

3-5 入園料の安さはどこに影響がでるのか?

地方自治体の財政は豊かではありません。このため動物園に投入される税金も十分ではなく、人件費が削られ、動物舎の整備が遅れるなど、動物園の健全な運営に支障をきたしているのが現状です。入園料が安いことは動物園を利用する人々にとって良いことのように見えますが、飼育動物の管理や動物園で働く人の待遇に大きな影響を与えています。

更に、飼育されているキリン、ゾウ、サイなどの生息地を守るために税金を使うことは簡単ではありません。地域住民の公共の福祉を向上させるために使うものが税金だからです。希少種保全という地域住民にとって直接かかわりのない動物園の活動については、別途の資金獲得方法を探す必要があります。

3-6 動物園の責務を果たすために

ジャイアントパンダを飼育している動物園を切り口に、入園料について考えてみました。動物園は動物園動物の福祉向上を基盤に、環境教育や希少種保全の役割を担っていくべきと考えます、これは運営主体が公立であろうと私立であろうと同じです。

動物園の責務を果たすためには適切な入園料を確保し、税金を充当させるには不向きな活動についてはクラウドファンディングなどの寄付を充実させていくことが必要です。日本の動物園が担うべき役割をきちんと果たすために、入園料の改訂は避けて通れないと考えています。

ベルリン動物園

【参考】世界の動物園の入園料の出典

寄稿者profile

成島悦雄(なるしま えつお 1949年 -)

略歴
獣医師・東京都井の頭自然文化園の元園長。栃木県栃木市出身。

1972年、東京農工大学農学部獣医学科卒業。同年、東京都庁に就職し上野動物園飼育課配属。以後、多摩動物公園、上野動物園の動物病院獣医師、多摩動物公園飼育展示課長等を経て2010年~2015年、井の頭自然文化園園長。2014年~2020年日本獣医生命科学大学客員教授、2016年~2022年、日本動物園水族館協会専務理事、現在、日本動物園水族館協会顧問。2013年からNHKラジオ子ども科学電話相談の動物部門回答者を務めている。

著書
・「動物園のかん者たち」(農文協)」
・「珍獣図鑑 」(ハッピーオウル社)
編著
・「大人のための動物園ガイド」(養賢堂)
・「動物園学入門」(朝倉書店)など