モノの価値の決まり方

 モノの価値を判断する基準としてわかりやすいのはお金ですね。

 昔はお米が基準で「石」で表されましたが、加賀百万石であれば今のお金で約750億円の価値だそうです。お米の重さにすると15万トンで250万俵となります。

 昔は1年間に一人が食べるお米がだいたい一石だったそうで加賀の国では約100万人がお米を食べられる計算になります。

 今は「石」ではなく「円」です。モノの価値をお金に換算して「これは〇円!」と「価格」が決まります。

ガソリンとピカソの絵

 ではこの「価格」はどうやって決まるのでしょうか。

 モノを作るのには様々は費用が掛かります。原材料などの仕入れ原価、製造のための人件費、道具代、パッケージ代、水道光熱費などなど。会社であればこれに広告宣伝費や利益を加算して価格を決めることになります。

 こうして決めた価格で売れればいいのですが現実はそう甘くありません。ライバル会社や商品との価格競争に巻き込まれると売れば売るほど…といったつらい状況になってしまいます。

 この「価格」をよく目にするのものの一つに大きな看板で値段を表示しているガソリンスタンドがあります。セルフスタンドが主流になってきましたのでサービスで差がつきにくいため、どっちが高いか安いかといった価格のみが判断基準になってしまいます。

 一方「価格」も人それぞれの価値観で変わるものもあります。

 例えばピカソの絵。ピカソが描いたと知らないで売られていたらどうなるのでしょうか?

 自分には美術品の価値を判断する目利き力はありませんので何とも言えませんが、ウン億円といった価格で売れるのかどうか?

 恐らくピカソというブランドとピカソの絵を所有するというステータスが桁違いの価格を生み出すのではないでしょうか。

これはいくら?

 運営する施設に近所に住むおばあちゃんが素敵な鞠を持って来られました。

 「これをここで売ることはできますか?」

 どうやらお孫さんにあげるお小遣いの足しにしたいようです。

 「いくらで売りたいの?」

 と聞くと恥ずかしそうな顔で

「1個100円で」

 おばあちゃんが一生懸命作っている姿やお孫さんにお小遣いを渡す場面が目に浮かびます。

 少し値段を上げて売ることにしました。

 先日、竹を使った体験プログラムを開催しました。竹を切って、ドリルで穴をあけてランタンにもなる飾りを作ります。

 竹を切ると端材がたくさん発生します。

 いま巷では竹のようなものを口にくわえた女の子が登場する映画がブレイク中です。

 端材に紐を通して、参加したお子さんたちにプレゼントすることにしました。

 すると通りすがりの男の子が声をかけてきます。

 「これ売ってくれませんか」

 ただの端材に紐を付けただけのものが、彼にとってはお金を払ってもいいくらいの価値のあるものになっています。

 参加者ではありませんでしたが特別にプレゼントすることにしました。

 この写真に写っている人形は「地蔵」です。

 障がい者施設で過ごす人がこれまで何十万体も作り続けているものです。

 売ってやろうと思って作っているのではなく心の中からあふれ出るものを表現しているだけのものだと思います。

 わずかばかりのお金をお支払いして一つ分けて頂きました。

 自分たちはどんな価値を提供できているのか?

いただいたお金に見合う価値を提供できているのか?

 「お値段以上♪」というCMソングもありますが、我々も価格以上の価値を提供できるチームでありたいと思っています。

Written by 小森