地域活性化の成功例?

こんにちは。TONZAKOデザインの小森です。

前回に引き続き、地方の活性化についてですが、成功例があるのではと思いましたので書いてみます。

東京と広島

まずは東京。

東京がなぜ地域活性化の成功例と思われるかもしれません。でもよく考えてみれば徳川家康がやってくる前の今から500年前の東京はどのような姿だったのでしょうか。江戸幕府ができる前はおそらく日本でもかなりの田舎。

そこが今や周辺人口含めれば3,000万人以上が暮らし、世界有数の都市になりました。徳川家康は天国で今日も江戸はにぎわっているな…と思っているのでは。

もう一つは広島。

原爆投下など苦しい状況を乗り越えて、今や世界中から観光客も集まる都市へと発展しました。

その象徴が広島カープ。全国各地にプロ野球球団がありますが、そのチームの名前を皆さん何と呼ぶでしょうか。

巨人、ヤクルト、ベイスターズ、中日、タイガース、ソフトバンク、日本ハム、楽天、ロッテ、西武・・・・みな企業名や愛称が思い浮かぶのでは。しかし広島カープは「広島」または「カープ」。広島といえばカープと地名とチーム名が強く結びついています。

戦後、復興の象徴として誕生したこの球団は、貧乏弱小球団で、お取りつぶしの危機もありましたが、今やカープ女子に象徴される数多くのファンに応援されるチームへと変貌しました。ビジターゲームでもスタンドはカープのユニフォームを着たファンで真っ赤に染まり、広島のマツダスタジアムのチケットはシーズン前の発売開始とともに売り切れてしまうプラチナチケットとなりました。

先人たちの熱い思い

東京はいいな、広島はいいなと思いがちですが、それぞれ東京は関東大震災と第二次世界大戦で焼け野原の中から、広島は原爆投下という絶望的な状況から、コツコツと今の姿を築き上げてきたのです。

そこには東京を「日本の首都」として恥ずかしくない街を作り上げる、広島は「平和都市」として復興を遂げるという先人たちの熱い思いがあったからこそ、今の地位を築いたのでしょう。

わが町には何もない、人も少ない、観光地もない、楽しい場所もない、ないないづくしの地方に明るい未来はあるのでしょうか。

いつまでも暮らし続けたい町であるならばやり方はきっとあるはずです。