出口智久さんコラム「45年間、動物園を続けて思うこと」第4話『動物ふれあいと動物ショーに思う(産業動物と野生動物)』

4-1 昭和50年代に多く誕生した動物園

私が動物園に勤め始めた昭和50年代は、多くの動物園が誕生しました。地方公共団体の大規模かつ新しくなった動物園、民間の動物園、そして、国内初が宮崎に誕生して国内に広まったサファリーパークなどが続々と開園しました。名前も〇〇動物園とはせずに、〇〇動物公園や〇〇園、〇〇パーク、〇〇ワールド等と様々に名乗る施設も多くなりました。設立の目的はそれぞれの事情で違いはあるものの、いずれの施設も自然や野生動物に関する教育活動、そして、野生動物の保全を大きく掲げていることは共通だと思います。この時に誕生した施設の多くは、(公社)日本動物園水族館協会(以下;日動水)に加盟をしました。日動水の社会的意義(目的)を教育、調査研究、レクリエーション、保全としているからです。

4-2 動物園のふれあい

この当時、動物園では「ふれあい」が評価に繋がっていました。今でこそ、動物のふれあいには、動物種の選定と育て方に気を使い、動物に負担をかけないことに気を配っています。そして、動物から来園者へ、来園者から動物へ、また、来客者が飼育している動物と飼育員の担当する動物への感染症が拡散しないことへの気配りは、一般の方が予想する以上に予防策を講じています。しかし、当時は、兎にも角にも、できれば、野生動物とも触れ合えるようにすることが好ましいと間違った評価をされていました。

子ども動物村で行われる「動物(ウサギ、モルモット)とのふれあい」

アニマルウエルフェアが普及される時代、ふれあいにも一定の常識なるもの、すなわち、動物の幸せを考えることが、当たり前になって来ました。ふれあいは、一般の動物好きにとっては、最も魅力的なことです。だから、若い動物好きな人は、動物とのふれあいができることが第一の目的に動物にアプローチしてくるようにも思えます。しかし、これまでの近代動物園の歴史で野生動物との直接のふれあいは避けないといけないと理解をされるようになりました。それが、国内の動物園に普及するまでには時間が掛かりました。私自身もたっぷりと時間が掛かってしまいました。

4-3 野生動物と産業動物

動物とヒトは、同じ地球の生物ですので、望むと望まざるにかかわらず、全く無関係とはいきません。何らかの関りは常にあるものです。

そこで、私の場合、特に動物園では、野生動物と産業動物を分けて対処することにしていました。産業動物とは、家畜、愛玩動物、実験動物等の飼育下で何代も人と共に暮らしてきた動物たちです。時には、人が改良をしてきた動物たちのことです。当然、人に対してのストレスは軽減されていると考えられています。

アニマルウエルフェア

アニマルウエルフェアは西欧で家畜家禽などの飼育環境が虐待的だとの問題提起から発生したと言われています。日本の場合は、家畜から良質の肉を得るために、良い飼育環境を追求する学問から発展したと聞いています。方向性は飼育動物の幸せにあると一致していると思います。

木の葉を食べるマサイキリン

「家畜のウシが獣舎を舐める行動を科学する上で、飼育下のキリンに観られる鉄柱や壁を舐める行動が調査するには分かり易いので協力して欲しい」との依頼がありました。そこで、ウシとキリンは同じ行動なのか、また、なぜ発現するのか等について、フェニックス自然動物園は調査に協力しました。後日、全国のキリンでも調べたようです。その結果、キリンでは木の葉の供給が舐め行動の軽減に役立つことが科学的に示されました。

おそらく、キリンに木の葉を多給する効果は、当たり前のことと想像する方も多いと思います。私の場合は、科学的に示された結果を得て、これまで近隣で得られた木の葉を随時に与えていたのを、毎日一定量を与えるために雑木林の持ち主から購入するために、予算化をする科学的な根拠として役立てました。多くの動物園でも木の葉の給餌を増やすことになりました。

野生動物と産業動物を分けて飼育する理由

話が逸れましたが、産業動物はこれまでの飼育歴史から生態が理解されおり、良好な関係を築いていると思います。しかし、動物園で飼育している野生動物は、多くの種で生態が不明なことが多く科学的究明の最中です。私が動物園時代にあっても、また、野生動物の調査を携わっている時代でも新しい発見がありました。(若干、3話まで紹介)

明らかに、この2つを分けて飼育する、つまり、別の扱いをする必要があると思います。そうでないと、飼育者の胸中に矛盾が生じることがあると思います。私には有りました。(紹介省略)

動物園のふれあい活動への想い

動物園の話題に「癒し」を語る方が多くいます。そして、テレビやラジオが動物園を取材し放送される時に、「かわいい」「いやされる~。」の言葉が必ず出てきます。動物園以外にも動物とのふれあいをする施設が増えてもいます。元来動物園は、野生動物を飼育することが条件です。一方、日本の動物園では、成り立ちの如何を問わず、ふれあいのコーナーができるようになりました。その理由として、「自然環境の破壊に伴い、子供たちが自然の動物との接点が無くなり、動物たちとの接し方を学習する場がなくなることによって、生き物を忌み嫌うことが無いように、動物園内でふれあいのできるコーナー設けることにした。」フェニックス自然動物園に「子ども動物村」を作成した先輩たちの言葉です。

宮崎市フェニックス自然動物園の子ども動物村
(トカラヤギ、ミミナガヤギ、ポニー、モルモット、ウサギなどを飼育)

子ども動物村の「ふれあい」の運用には、この言葉を肝に銘じて活動してきました。そして、長い年月を経た結論として、人間の飼育動物の歴史を考えて産業動物であれば、ストレスなく人との交わりができると考えるようになりました。ふれあい動物はウサギやモルモット、ヤギなどの動物にしました。

今も心に残る保育園の園長の言葉に、「多少のケガや汚れは、子供たちが動物との接し方覚えることになるので構いません。」があります。それは、ふれあい用に展示したウサギが園児の抱き方に嫌がって跳ねて、引っかき傷を負わせた時の会話です。現在の「ふれあいの現場」で、こんな目的と覚悟で「ふれあい」をしている方がどれだけいるのでしょうか。

トカラヤギの大行進
(寝室からふれあい広場に)
ウサギとモルモットに夢中でふれあい

4-4 ショーについて

海外でバードショーを見た時、動物の可能性についてと動物に教えることへ興味を持ち調べてみることにしました。結論から言うと、鳥類は習性と餌、信頼関係なくしては成り立ちません。これは、少し考えると分かることですが、鳥を強引に従わせようとすると、体力的に持つはずがありません。どうしても、理解ができなかったのが、飛行中にくるくる回るハトでした。調べていると、それは遺伝的に奇妙な飛び方をする品種だということが分かりました。今は見かけなくなりました。

類人猿ショー

チンパンジーやオランウータンは、食べ物を介した事、テーブルマナーなどは直ぐに理解して覚えます。ジュースを自販機で購入や食べ物を錠のかかる箱の中から鍵を使って取り出すことも朝飯前です。複雑な手順もすぐに理解して真似してしまいます。そんなに嫌がる様子はありません。

しかし、私が考えるのに、2つの問題点があるように思います。1つは、チンパンジーは、やがて成長します。体力的にも人間より強くなります。そして、いつも同じことをすることに飽きて、また、嫌がるようになります。これを、押さえつけるには何が必要でしょうか。押さえつけて良いのでしょうか。決して良いとは言えません。

もう一つは、チンパンジー等の知能が高い動物は、ものを覚える幼少期が、群で生きていくために必要な生活の知恵を学習する期間です。チンパンジーの場合、群で生活するルール(仲良くする決まり事)は勿論、繁殖行動について例えば、交尾、赤ちゃんを可愛がること、授乳の方法を学ぶのです。ショーをすることは、この時期を奪ってしまうことになるのです。チンパンジーの繁殖に関しては、興味深い経験をしました。(具体的詳細は省略します)チンパンジーを育てた経験者として、動物園在籍中には、「動物園では、類人猿ショーはしない。」と決めていました。

上手にカギを開けるオランウータンのモモコ
チンパンジーの親子
母親は人工哺育で育ち、群生活で子育てを学習した
フライング・フラミンゴショー

動物園が市営となった時に全面リニューアルの話が持ち上がりました。この時の市長は、この事業を動物園の運営を任された管理株式会社の社長に依頼をしました。社長は、動物園のあり方について常に考えていることを理由に動物園飼育員が深く関われる様にしてくれました

旧フラミンゴショー
切羽をしていたために中止した
フライング・フラミンゴショー
再開当日に多くの来客者が見学

こういった背景で、フライング・フラミンゴショーは始まりました。開園以来行っていたフラミンゴショーはオープン展示場で行っていたので、切羽(飛ぶ羽を切ること)をする必要がありました。「鳥の羽を切るのは問題がある」ことを理由に止めることにしていました。ところが、来客者から「フラミンゴショーを親子3代に渡って見学していて、懐かしく会話をしている。」との話を、偶然にも2組から立て続けで聞くことがありました。フラミングショーが野生動物に興味を待つ保全の窓口になっていること知らされました。そこから、飛ぶフラミンゴの展示を模索することになったのです。展示場の様子は似ていること、内容も似ていること、そして、フラミンゴの切羽をしないことが必須条件です。

飛ぶチリーフラミンゴと飼育担当者

結論は飼育員が飛ぶタイミングを検討する事やフラミンゴの強い集団性を利用する事で、飛ぶ姿を実際に見て頂くことができると考えたので、計画することになりました。

つまり、フライング・フラミンゴショーはチリーフラミンゴのサイズと集団性、飼育員との関係性と微妙な距離が成せるものです。もう一つ、この展示法が動物福祉の観点から社会の支持を失った時には中止をすることを決めていました。

4-5 永遠の課題

最後に動物園で野生動物を飼育することだけで、私は多大な恩恵を受けて来ました。飼育した動物たちに、それに見合う“幸せ”をお返しは出来たのでしょうか。45年間動物園で過ごした私にとって、飼育してきた動物に幸せという御礼ができていたなら、動物園に長く務めてきた“かい”があると思います。

同じ地球に過ごす、生き物たちと、どう付き合うことが良いのでしょうか。永遠の課題です。

寄稿者profile

出口智久 (でぐちとしひさ 1953年生まれ)

略歴

(特非)宮崎野生動物研究会 事務局長
宮崎市フェニックス自然動物園の前園長。大分市出身

1976年、宮崎大学農学部畜産学科卒業。1977年、フェニックス国際観光株式会社に就職しフェニックス自然動物園の飼育課に配属。以後、飼育員として、アジア、アフリカ地域の大形草食動物、チンパンジーなどの霊長類や鳥類、ニホンカモシカ、コシジロヤマドリ、モグラなどの国内産野生動物、アカクビワラビーなどの有袋類、爬虫類他、様々な野生動物、産業動物の飼育や繁殖に携わる。

1989年、カナダとの飼育キーパー交換研修にてウィニペグ市のアッシニボイン動物園にて海外動物園の飼育員を経験。

2001年、フェニックス国際観光株式会社倒産、動物園の経営が宮崎市となり、宮崎市と宮崎銀行が設立した宮崎市フェニックス自然動物園管理株式会社に継続採用され飼育課長として配属。2004~2021年、同動物園園長。2012~2020年(公社)日本動物園水族館協会理事、2016年~2020年同協会副会長。現在は宮崎野生動物研究会事務局長(副理事長)。九州医療科学大学ならびに宮崎総合学院の非常勤講師、宮崎県博物館協議会委員などを務めている。

新聞掲載

  • わくわく動物図鑑:宮崎市フェニックス自然動物園(朝日新聞宮崎総局2009年~2010年)
  • シリーズ自分史:動物とともに(宮崎日日新聞2022年~2023年)
  • ふるさと宮崎自然図鑑:宮崎野生動物研究会員共同投稿(2023年~)

機関紙(掲載・編集)

  • あしあと(フェニックス自然動物園)
  • わいるどらいふ(宮崎野生動物研究会)
  • どうぶつだより(宮崎市フェニックス自然動物園)

監修

  • 宮崎市フェニックス自然動物園50周年記念誌「50年のあしおと」(宮崎市フェニックス自然動物園)